2011年最後のご挨拶となります。

間もなく2012年という。



1995年17歳。
高校在学中に初めての起業。
早いもので来年で17年目。

時とは早いもので、そこから16年たつ今。
経験が長いバカにだけにはなりたくはない。

事業の方は、あの時と同じ。
偶然という重なり合いによって生まれた
希有なご縁。
おかげさまで、このご時世にもかかわらず
増収増益。

今年を振りかえると
他国への挑戦。

てめえの根拠のない本能で、
「もっと幸せになっていいと思う」と
東京から引っ張ってきたスタッフも
今や会社の中心で業務執行代表を担う存在になった。
四畳一間から、家族を呼んで広い家に引越し。
役員会でも責任を全うした数値を見せる。

そんな充実した表情を見てると、
いい意味の「変化」という事実が多々あったなと感じます。



編集裏後記へつづく
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「てめえが一番バカでいい」



「自分が最低だと思ってればいいの。
 みんなより、一番劣ると思っていればいいんだよ。
 そしたらね、みんなの言っていることがね、
 ちゃんと頭に入ってくる。
 自分は偉いと思っているとね、人はね何も言ってくれない。
 てめえが、一番バカになればいいの。
(そしたら)何でも言ってくれるの。」



赤塚不二夫の言葉だ。
まさにこれでいいのだろう。

しかし、逆に急速に広がりゆく「どちらがえらいか競争」
現実とは残酷なものだ。

コンサルタントに食い物にされる自称コンサルタント。
自己啓発教祖に踊らされる起業家もどき。

どっちもどっちか。
信者ビジネスの教祖か
はたまた信者か
の違いにすぎない。

それらが増えてる有様をみて、
『まだやってるのか…どうしようもないな。』
と思う方も少なくないだろう。

また、これだけ増えたらさすがに、
滑稽な洗脳茶番劇にふと気づく、



『あっ!単なる独裁者ゲームのコマだったんだぁ!』



みたいな、
まさに目が覚めた感覚を味わった方も多いかもしれない。
まぁ、目が覚めようが、
残念ながら、人間なかなか変われるものではない。



「結局のところ、そんな個人は混沌として
 多くの情報に飼いならされながら無力をかこち
 滑稽な予言者が何をなすべきかどこへ行くべきかを
 見つけだすまで哀れな忍耐心で待ち続ける」




この構造が変わることはない。
しかしながら、こういう滑稽な予言者に群がる人たちが
増えれば増えるほど、
一部の人が儲かる資本主義の仕組みそのものが
美しいとも感じる。

つまり…極論を言ってしまえば、
そうやってバカを量産してくれる人が増えれば増えるほど
一部の人が儲かるわけで、
なんとも言えない切なさが募る。



なぜ、こんなにも頭がいいバカが多いのか?



安易な答えなら簡単。
「現実から逃げるからだ。」
「現実と闘争しろ。」
こんな事は誰にだって言える。



問題は、なぜ逃げるのかだ。



ニヒリズムが蔓延してる今だから
視座を上げて話をしたい。



人間は小さな球の上で
眠り起きそして働き
後世への神話を残し
死んでいく。

後世への神話となる人生。
後世がどう解釈しどう感じるか
あるがままにゆだねる。

ただできる事をできる人がやる。
やり続ける。
それを言語化する。

それが縁という偶然によって
価値連鎖していく。

価値連鎖のために
自らが消えていく。
人の寿命とはよくできた仕組みだ。



しかし神話を意識した人生を歩めている人は
驚くほどに少ない。
現実から逃避し続ける多くの人間にとっての人生。
神話などからは程遠い景色がある。

そんな人間が望むように、すべてが規格型になり
大量生産になり、非個性的な教育を受け
ベルトコンベアに乗せられて、生涯を墓場へ歩んでいく。



流れの中にいて流れの速さを把握するのは難しい。
同様に。
今の世がどのような世であるかもそうと認識するのは易しくない。

感覚的な反応は頻繁に生じても
感覚どまりで拡散させてしまう時のほうが
思考に統合して運び上げてゆく時よりも多いので
せっかくの反応も自分で立ち消えにしてしまっている。

しかしながら、こう自覚できている者は驚くほどに少ない。
現在の現実逃避型の他人に責任をなすりつけなければ
生きていけない依存型の陳腐な快楽主義者の生産工場が
次々と量産されていく。

誘惑されたから堕落した。
影響されたから悪くなった。
こういうずるい卑怯な考え方が蔓延する。



では、堕落する人間はもともと堕落する弱い人間なのか?



恥知らずが多くなると
当たり前のことが
当たり前で通用し難くなり
当たり前が肩身の狭い思いをする。



1995年17歳。
高校生での初めての起業。
人材派遣会社だった。
きっかけは偶然というご縁。

しかし早かれ遅かれ。
子供の頃から社会への違和感を感じており、
その事が大人への猜疑心を生んでいた。
独立心は人一倍高かった。



違和感の一つ。
資格や学歴という印籠。
1995年。
力なきものが印籠を振りまわして稼げていた時代。

そして、2011年。
既に、そんな中身のない印籠を振り回して稼げる時代は終わった。
当たり前だ。
驚きもしない。
むしろ力なき者が生きていける方がおかしかったのだ。



じゃあ、親に言われて頑張った時間は無駄だったの?



いや、そうではない。
何がだめで何がいい。
そんな浅ましい二元論を言いたいわけではない。
直線的なリニア思考をやめろと言っているのだ。
常なんぞこの世にないのだから。



人間は弱い。



人は誰かに承認されなければ生きていけない。
人生は承認をめぐる闘争なのだろう。



私たちは、自分の名前を自分でつけていない。



つまり生まれてきた瞬間から自己であることをおわされる。
最初から負荷がかかっている。
しかも自分の責任ではない。
なのではじめから自己存在をめぐる闘争にはいる。



そうやって生まれてきた人間に力を与えてくれるのは
全面的に生まれてきたことをよろこんでくれる誰かしかない。
母親だ。

その愛情と自分の意志。
これが最初にこじれると、闘争の基礎資本を欠いてしまうから
非常にきつい。
埋めないといけない。
埋めるためにいろんな工夫をする。

その埋めるための闘争が、「人生」そのもの。
そう。
まさにいま、書いている事そのものを探す旅だったのだ。
書けていない事もたくさんあるが、
大枠の詳細は著書「高卒社長」に書いたので割愛。



これが「高卒社長」のエネルギーの根源だった。
今は、全面的に承認してくれる母性本能の強いパートナーに出会い
闘争の基礎資本を得て、走り続けている。

まだ、母からの全面的な承認を得られた実感はないが
そのおかげで、今の私があるわけである。
皮肉だが現実とはこういうものだ。



今では、そんな母に心から感謝している。



20代の頃までは、親への反感などを強く発した事があった。
若気のいたりとはいえお恥ずかしい限りである。
今では、生ある限りその勢いのままでいてほしいと感じている。
承認されないと感じるならば、その親を承認し、
そして自らが承認する親になればいいだけの話なのだ。



そしてその為には何が必要か。



20代後半あたりを皮切りに
もやもやが続き
32になった時。

そんな当たり前の事に、ようやく気づいた。
もやもやから逃げないで走りながら考え続け
気づけた事。
心から本当によかったと感じている。
これが親亡き後であるならば、どれだけ後悔したことか。

もちろんながら、この結論はある一面的な今の視点だ。
生を受け入れる以上、旅は続く。
まぁ、ここに至る立体的な言葉にならない部分や
とてもお見せする事ができない苦しみ抜いた
プロセスそのものがギフトなのだろう。

明らかにこの事に気づいた前と後では景色が違う。
書いたのは、あくまでも一つの視点としての結論だけだ。



何かが終わる。
スペースができる。
では、そこに何を描くか。




何かが終わるとは何かが始まる兆し。
それをしっかり受け入れた上で
ゼロからスタートする第二の人生。

私はたまに少しブレーキを踏んでしまう時がある。
それが善い時もあれば悪い時もあるだろう。
新たにはじまる場では、アクセルを踏みっぱなしで
違う次元まで飛んでいけるようなことができればいいなと
感じている。

最後に、今まで関わってくれた全てのスタッフや
いつも楽しみにしてくれる希有なあなたに
感謝を込めて、心からありがとうございました。

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編集後記
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「日本のこれから」という環境を見ると、
被災の影響もあって、(だけではありませんが)
産業の空洞化は避けられないでしょうし、
日本を去る企業もある事でしょう。
当たり前ながら、日本依存の製造業なんかは、
電気料の引き上げや電気供給の不確実さによって、
壊滅的なダメージを受けるのは目に見えますし、
それによって、賃金の低下や雇用の低下は間逃れないでしょう。

さらに、世界経済はますます厳しい状態になりますし、
色々な意味で日本は取り残されるので、
復興特需が終焉をむかえる1〜3年後、
日本経済は今以上に厳しい状態になっている可能性があります。
実際問題、復興特需によって業績が上がる一部の企業も
確かにありますが、そこで調子に乗ってしまうか、
それとも1〜3年後に来る厳しい状態に向けて、
改革を進めるかでものすごく大きな差となる事でしょう。

まあ、今まで以上に厳しい環境は明らかなわけで、
いい事ばかり言い、希望を演出する輩は、何らかの意図があるか、
場合によっては詐欺の疑いがあると思っていいかもしれません。
こういうみんながしんどい時期に、
こういう輩が増えるのは構造的必然ですから。
やる方もやる方ならば、
やられる方もやられる方かもしれませんが…

今年も例年に引き続き、私ごときの若輩者が、
つらつらと地味でおもしろみのない当たり前の事を、
ニヒリズムが蔓延した現代だからこそ、自分への戒めもふくめて、
あえて大きなお世話で書いてきましたが、
そろそろ筆を置きたいと思います。

来年もどうぞよろしくお願い致します。



2011年12月29日
進藤慈久

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編集裏後記
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まあ、幸せなんて十人十色。
私たちの会社は世間の中心でやられている大手とは違う。
少人数規模の小さな田舎の企業にすぎない。
ただ、淡々と日々なすべき事を逃げないでやっているだけの事。

ネイチャー誌にも載っていたが、よほどの天才でない限り
「関係が手広いほど身を滅ぼす可能性が高い」というのが、
生態系でも成立する可能性がある普遍則のよう。
来年も小宇宙で当たり前の事を当たり前にやる大前提の上で、
色々と物事に挑戦していきます。

2010年最後のご挨拶となります。

CIMG1212

21世紀に入って10年目。



六本木ヒルズからの公開生番組で、歌手のJUJU、
ドラゴン桜モデル先生と学歴についての対談から、
スタートした2010年。

私にとっては、仕事、学び、遊び、すべてにおいて
はじめての体験が極めて多い。
そんな1年でございました。

今月は、テレビ朝日を含む
2つの年末特番出演のオファーを断らせて頂きましたが、
おかげさまで、会社の方は、こんなご時世にもかかわらず、
たくさんのご縁で、今期も増収増益を達成し、
今までで一番成績が良い年となりました。
来期は、さらに伸びる見立てで動いております。



そんな、2010年もいよいよ終わり。
2011年の幕が開く。




今までの常識。

終身雇用。
経済は成長するもの。
年金システム。
などなど…

強固と見なされてきたその基盤が信頼性を失っていく中で、
新しく見えてきた「今」という景色。



多くの人は、自分に与えられた「小さな箱」
あるいは自分の獲得した「小さな箱」を
黙々と守るだけの生活を続けている。
そして、何十年か後に死んでいくのだが、
そのことはひたすら考えないようにしている。



インターネット上では、
どちらがえらいか競争をひたむきに頑張る人々が氾濫。
病的な虚栄心に満たされたコンサルタントやネット起業家。
乗せる方も乗せられる方も、結局は単なる消費者にすぎない。
株式会社日本という国からすれば、
奴隷か自発的奴隷かの違いなのか。



「自分たちのようになれ!」と、
今の日本を見て希望を失った人の新たな希望を演出して、
鴨を料理するかのごとく、引きずりまわし、
孤独を許してはくれない現代の奴隷社会。

街では、少し耳をかたむけると、
「民主党が悪い」「バカ総理大臣をどうにかしろ」など
耳触りの悪い声があちらこちらから聞こえてくる。
それと同じように、
インターネット上というバーチャルな世界においても、
身元も素性もわからないニックネームにて、
自分は安全な場所にいながら、
人の失敗や醜態をネタに卑下し、
叩くいわゆる炎上を演出して楽しんでいる。



しかし、誰も「そういうオマエはどうなんだ」と言うことはない。



そもそも、なぜそんな現実が現われたのか?
現在の若者はさとり世代とも呼ばれているそう。
中道、中庸な生き方のつもりなのだろうが、
そもそも自我という器もできていない時点で、
魂は磨くことはできないだろう。
けれども、
そういう選択をとってしまう心境は分からないではない。

インターネット社会になった「今」は、知識だけであれば、
検索すれば簡単にでてくるようになってしまった。
(もちろんながら、今でも一部の深い情報になると
検索してもでてこない場合が多い。)
昔は、情報の差異で優位性を保ちあぐらをかいていた利権者たちも
少しは重い腰を上げたかもしれない。

なぜ、若者が中道、中庸の選択に好意を抱くのか?
それは、一言で言うと「失敗したくないから」に尽きると思う。
リスクはとりたくない、でもリターンはほしい。
そこでもってこいなのが、
バーチャルな世界というインターネット。
結婚をしたくないのも、現在の日本の制度だと、
リスクとリターンが見合わない、
また、恋愛としても、失敗をしたくないという思いが強い。
そして、バーチャルな疑似恋愛ゲームの海に、
どっぷりとはまっていく。

現実との折り合いをつけるため、
迫りくる不安をかき消すかのように、
インターネット上にて、人の失敗や醜態を叩いて、
うさばらしをして現実から逃避する。



もちろん、プロとしては逃げるなら、
いや逃げれるくらいなら、
リングに上がるなという意見もあるだろう。
しかしながら、その人たちを悪いとするのはあまりにも短絡的だと思う。
そうすると、その現実を生んだのは、
今の日本であり、社会であるのだろうか。
いや、きっと双方に問題があるのだろう。

確かに、今の社会のルールは、利権者ではない私たちにとっては
不利な構造になっている。
だから、勘のいい若者の言葉を代弁すると、



「なぜ、そんな不利なルールにわざわざ乗らなきゃいけねーんだよ!」



というところだろうか。
まあ、分かりやすい例を1つあげると、
例えば年金システムひとつとってみても、
冷静に分析してみたら、
年寄りが有利すぎて笑えてくるのかもしれない。
彼らからすると、



「なんで、わざわざ搾取されるためにがんばんなきゃいけねーんだよ!」



というとこだろう。

インターネットがもたらした便利さの弊害を考えると、
こうなるのは自然の摂理なのか。
インターネットは、私たちから「間」を奪い取ってしまった。
間やためがないがゆえに、そのぶん深みや感動がなくなるのだ。



例えば、カメラがデジタルカメラになって一番何が失われたのか?
それは、シャッターをきって、どんな写真がとれたのだろうと
現像までドキドキワクワクするという
あの「間」が失われてしまった。
デジタルカメラでは、
すぐにどういった写真がとれたかを確認できてしまう。
それと、同じ現象がインターネットによって起こっている。
つまり、勝負がすぐについてしまうのが
インターネットの世界なのだ。

なので、勘違いしたり、
まわりも見えず何かに打ち込んでいたりして、
いつの日かぱっと身体にずっしりと刻み込まれる「あっ」という、
あのしびれる様な「change the world」はないだろう。



つまり、すぐに勝負がついてしまうがゆえに、
勘違いさえも許されないというシーンが、
今もそして今からも様々な場面で起こってくる。

例えば、便利がゆえの弊害としてはしょうがないのだろうが、
自分は歌がうまいと勘違いして、
自分が熱唱した姿を
ユーチューブでアップするとどうなるだろうか。
もちろんながら、
便利だからちょっとした工夫でたくさんの人に見てもらえる。
だからこそ、勝負は一瞬でついてしまう。
そう、便利だからこそ、そこに至るまでの「間」が短いのだ。
そして、たくさんの人に見てもらえるからこそ、
たくさんの人に叩かれるリスクももちろんある。
タイミングによっては、
立ち直れないほどの傷を負う者もいるだろう。
だからこそ、その間をもがく事を許されない若者は、
より一層その現実と向き合いたくなくなるのかもしれない。



そういった様々な現象により、強固とされてきた基盤が崩れゆき、
さまざまな常識が常識ではなくなっていく過程という貴重な機会に
今、私たちは立たされているのだと思う。
勝ち組負け組なんて過去の産物で、
最先端のリング上では、もはや負け組なんて存在しない。



文字どおり、勝つか、死ぬか。



そこに、生ぬるい「間」はなく、
ただ、ものすごいスピードでその「実」が繰りかえされる。
常識とされてきた強固な地盤なき今、
自分にとってどれが正解かは自分にしか分からない。
分かりやすい希望を失った人々は、
自分で判断し選択しなければいけない時代になった。

そして、考える力やリテラシーなき大衆は、別の希望を求め、
マスコミに誘導されるがまま、民主党を選んだのだろうか。
まるで、第一次世界大戦後のドイツが
ヒトラーを選んでしまった時のよう。
まさに、歴史は繰り返されるとはこの事。
だからこそ、他人に影響を与える立場の役割を担う若い世代は、
動くのも一つの選択肢だろう。

はっきりいって、人の人生なんて、
善悪のらせん状をかけぬける風のようなもの。
中道、中庸の生き方もあるのだろうが、
人はその善悪の振れ幅によって進化してきた。
だとすれば、役割を担う人は、



薬か毒か。



でいいのだろう。

今の時代、昔の常識を胸に抱いて、
リングから降りてしまった人には、
ものすごく生きにくい時代の到来でしょう。
ついこないだ、母と話していたら、
私の年齢の時のことを思いだして、
その時と今のあまりの違いに、
まさかこんな時代になるとは…と感慨深く言ってましたが、
それが、高度成長期を経験した年配者である
多くの人たちの本音だと思います。

めまぐるしく変化する「今」を豊かに生きるには、
どれだけ長く需要があり、
どれだけ世の中に必要とされる自分でい続けられるかが、
鍵となるのでしょうか。
一年という節目に、
外でなく内へ目を向けるのもいいかもしれませんね。

所詮、若造の戯言です。
しかしながら、プリントアウトして
何度も読んでますという様な声も頂いており、
今年も大きなお世話をたくさん書いてしまいました。
つたない文章がゆえ、
私が伝えたい事が伝わったかは謎ではありますが、
それはそれとして、お互い、
めまぐるしい今の積み重ねを楽しみましょう。
来年もどうぞよろしくお願い致します。




2010年12月28日
進藤 慈久

進藤から新年のご挨拶です。

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あけましておめでとうございます。

みなさんにとって、2009年はどんな年だったでしょうか?
そして、2010年はどのような年になるでしょうか?




私自身は、会員のみなさまはご存知のとおり
殺人的な(笑)スケジュールで、世間がこたつで家族でテレビという
12月31日の夜まで東京で仕事をしていました。

12月31日。
仕事を終えて、19時前後の新幹線に飛び乗ると、
帰省のせいでしょうか、いつもより混雑していました。

ふと、思い立って座席から聴けるラジオに、
イヤフォンを差し込んでみると、紅白歌合戦が流れてきました。
いやぁ、イヤフォンで聞くと歌唱力の違いがよく分かりますねぇ。。。
普段聞く事はありませんが、
細川たかしって歌がこんなにうまかったのか…(笑)

そのまま買った弁当も食べる事なく、やるべくタスクをこなしていたら、
気づいたら眠りについていました。
完全燃焼といったところでしょうか(苦笑)
既に、この時点で2010年の結果は出ているのかもしれませんね。



・今後の日本はいったいどうなっていくのか?
・日本の現状はいったいどういう状況なのか?
・そして、世界はどうなっていくのか?
・世界の現状はいったいどういう状況なのか?




今年は、日本の経済も予想どおりのありさまで、
デパートもだめ、コンビニもだめ、スーパーもだめ。

テレビをつければ、パチンコのCMばっかり…
右肩上がりしているのは、
倒産件数という笑えない現実がつきささります。
今後は今よりも平均給与額は下がり、
そして保険料だけは上がっていくでしょう。

私たちの事業は、数々の「ご縁」というギフトのおかげで、
結果として、良い形で本年もやらせていただいております。

先日も、教育事業のスクールで打ち上げを
東京にて行いました。

酒がないとはじまらないという事で、いつものごとく
乾杯のあいさつをしようと思いきや…



みなさんの顔がにやけている。

んっ。。。何かがおかしい。



次の瞬間。なんとサプライズで大きな花束をいただきました。
しかも、直感が鋭い私に分からないように、
前もって準備をしてくださっていたようです。



そして、これだけで終わらないところが
みなさんのすごいところ。
なんと、さらにサプライズが。。。



みなさんが一人一人私宛に書いてくださった寄せ書きの色紙。
自分が歌っている魂の入ったCD。
そして、気が入った鉛筆書きの絵や手紙。
本当に本当にありがとうございました。



この荒れている世の中で、みなさんと出会えたご縁(ギフト)を
心より嬉しく思っています。

この世に偶然はありえません。すべては必然です。
必ずこの出会いには、みなさんそれぞれに肯定的な意図があります。
いったい、それは何なのでしょうか?



変革期の真っただ中にある2009年は、皆さんにとって
大きな変化のある1年となった方もいれば、
そうでない人もいるかもしれません。

私にとっても2009年は、ビジネスオーナーとして
そしていち経営者として、そして個人の進藤慈久として
大きな転換点となる1年となりました。

ビジネスオーナーとしては、個人資産が何百億のオーナーや
世間で知られている人も含む方々と交流させていただいて、
軸は昔から変わりませんが、様々な価値観の変換がありました。

そして、一経営者としては、不況のなか伸び続ける数字にも
感謝を抱きながら、責任の重みをひしひしと感じていますが、
何よりも、お金では決して買う事ができない、
素晴らしいご縁、そして「絆」を感じる事ができました。



そこで気づいた事は、以下の2点に集約されているかと思います。



・本当に自信がある人は、謙虚だし、
・本当に強い人は、感謝を忘れない。




まぁ、当たり前の事を当たり前にできなくなってしまった
今の日本を象徴しているようですね。



世間が、血眼になって「魔法のような裏ワザ」を探している中、
当たり前の事を、様々な視点や切り口で、
当たり前に淡々とやっている方々が生き残っていく時代なのでしょう。

そして、忘れてはいけないのが「器」の大きさですね。
これが一番重要かもしれません。

やはり、会社というものはトップで決まります。



なので、トップの容れ物が小さければ、会社の成長も頭打ちとなります。
だからこそ、トップの容れ物をどれだけ広げられるか。

そして、時代を冷静に見つめながら、当たり前の事を、
様々な視点や切り口で、当たり前に淡々とやれる人間が、
生き残っていくと思います。

そして経営者は、背中を見せるのも大事ですが、
ある一定のところまできたら、
その場から(は)退くのも大事かと思います。
(は)をあえていれているのは、何もしないわけではなく、
もっともっと、チームを良くしていくための重要な仕事があるからです。

今の時代を象徴するかのような
(自分を愛してよ愛してよと言う)経営者は、
いつまでたってもまわりにイエスマンばかりを置いてしまい、
人が育たないという負のサイクルになっている事じたいに、
気づいていない人も多いかもしれません。



ここからは、老子の言葉を引用させていただきます。
--------------------------------------------------------
最上の指導者とは
 
いちばん上等なリーダーってのは
自分の働きを人々に知らさなかった。

その次のリーダーは
人びとに親しみ、褒めたたえられ、
愛された。

ところが次の時代になると
リーダーは人びとに恐れられるものとなった。

さらに次の代になると、
人々に侮られる人間がリーダーになった。
ちょうど今の政治家みたいにね。

人の頭に立つ人間は、
下の者たちを信じなくなると、
言葉や規則ばかり作って、それで
ゴリ押しするようになる。

最上のリーダーはね
治めることに成功したら、
あとは退いて静かにしている。

すると下の人たちは、自分たちのハッピーの暮らしを
「おれたちが自分で作りあげたんだ」と思う。

これは国でも、会社でも、家庭でも、
同じように通ずることなんだよ。

老子「道徳経」

--------------------------------------------------------

世間の常識から見れば、老子や荘子は
どちらかと言うと、ほら吹きという印象だと思います。

しかし、彼らの話にこそ、特に現代の欲望過多社会に、
深い警告を発っするソリッドな真実があるのではないでしょうか。



だめな指導者は、バカにされる。
普通の指導者は、恐れられる。
よい指導者は、称賛される。
最高の指導者は、いるかいないか分からない。




今なら、京セラの稲盛元会長がサッカー日本代表の岡田監督に
アドバイスしたこの言葉が理解できる気がします。


当たり前ながら、人は生まれて、生き、
死んで、そして去ってゆきます。

時は公平で、だれの1日にも24時間が与えられ、
8760時間を使いきって1年が尽きます。

今日を笑顔で迎えている人もいれば、
そうでない人もいると思いますが、
絶好調でも、どん底でも、
すぐにまた心機一転の節目がやってきます。

しかし、多くの方がこの現実を知っているにもかかわらず、
死ぬ前にもっとも多く口にするセリフは、



「もっとやりたい事をしておけばよかった」



だそうです。

おそらく、これを読んでいる方の中でも
この言葉を必ず言わないと自信をもって
言い切れる人は少ないと思います。

既に、「あの時もっと、あれやっとけば…」と
悔いている人も多いと思います。

見たくない現実ですが、「人は、必ず死にます」



そして、「人生は、ただ1度しかない」



見たくない現実ですが、これが例外なく
皆様にも当てはまる事実であります。

人生の最後に「やりたいことをやっておけば…」と
どうしようもなくなってから、言ったのでは、
それは「私の人生は、負けでした」と言っているようなものです。

そう考えると、充実した人生とは死ぬ時に
悔いが残らない人生ではないかと思います。



悔いとは「できなかった」という結果に対して抱く感情ではなく、
悔いとは「やらなかった」というプロセスに対して抱く感情です。




「いま」「この瞬間」の決断が、将来の皆さんを作ります。
もちろん私自身も、まだまだ修行中の身です。

いつ最後を迎えようが、少なくとも最後までやりきったと言えるよう
これからも、皆様と共に進んでいきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願い致します。



進藤慈久

2009年最後のご挨拶となります。




もし、あなたが明日死ぬとしたら
自分の家族や子供に何を伝えたいですか?




な〜んて、1年の節目ならではの質問を投げかけてみました。
脳は検索エンジンなので、勝手に答えを探しだしている事でしょう。

それはさておき、いよいよ今年もあとちょっとで終わりを迎えます。

私は、昨年末に宣言したとおり、
次のステージに進むために、
今までの「型」からは、完全に卒業したものの、
「終わりははじまり」という言葉どおり、
グループ会社での事業部拡大など、
裏方として着々と動いています。



新しい事を仕掛けてる時って楽しいですよね。

何よりうれしいのが、ある事業では優秀なチームのおかげで、
こうして、もう5ヶ月以上も月に1度の定例会だけという
ほとんど会社にいない状況で、売上が右肩上がりだという事実。

よく「かわいい子には、旅をさせろ」とよく言いますが、
まさにそんな感じかもしれません…

自分がいないことで、実践でしか学べないものをしっかりと身体で吸収して、
そこらへんの社長よりも力を伸ばしていく事でしょう。

いつのまにか、デスクもなくなっていよいよ追放の身です(涙)

そんなみんなには、よりいい環境、よりいい条件、より誇れる仕事を
と思っているからこそ、私自身も止まっているわけにはいきません。



いよいよ、事業の一つである有限会社高卒社長も
『変化の時がきた』と感じてます。
思えば、有限会社高卒社長の原点であり、はじまりでもあったのが、
2005年に行った全国無料面談でした…

あの時にたくさんの人と出会い、そして面談がきっかけで
ゼロから見事に成功された会員さまも多く、
今でもお付き合いをしている方も多々いらっしゃいます。

もちろん私は、あくまでもきっかけでありますが、
そんな空間を生み出せた事を非常にうれしく思います。

実は、私事ですが、中学2年の頃から7年ほどバンドをやってました。
CD発売や東名阪ツアーなどをやりながら、
(聞こえはいいですが、ボロボロの機材車でまわってました…)
ようやくワンマンライブなどやれるまで成長した矢先に
メンバーのいざこざであえなく、解散となってしまいました。



私が、19歳の時です。

解散ライブは、バンド活動がスタートした
小さな大阪のライブハウスで二夜連続とり行いました。
曲作りでのぶつかりあいや、いざこざがあったとは言え、
その時ばかりは、一瞬で5人の考えがまとまりました。
『最後は、俺たちがはじまったあのライブハウスでやろう。』



なので恩やら感謝やら、色々な気持ちが交錯していますが
有限会社高卒社長という事業も、無料面談からはじまったので、
はじまりの気持ちを思い出すべく、無料面談にて終わりたいと思います。

私が、恐ろしいスケジュールの中でも、
いくらスタッフが止めてもやめなかった理由とは…



『知恵を知識として伝えることは不可能』



この事実を痛感していたからです。
だから、私は何があろうが、頭でというよりも身体で学べる
セミナーや面談という『実』にこだわってきました。

だから、それを軽々しく
「テレセミナーとか、もっとらくにやらないんですか?」
などと言われると、覚悟や志など以前のお話で、
なんだか悲しくなりますね。



5年前。車で生活している時に青写真を描いてから
ひたすら走り続け、気づけばもうじき5年目。

事業も4つに増えて、グループ全体では、
車生活の時に、青写真を描き目標とした1億をはるかに超え、
ROIという部分で見れば、むしろ有名企業よりもいい状態。
(恐らくケタが違うと思います…)

プロデュースして立ち上げたASP事業部も
優秀なチームのもとで、いつのまにか、
年間3600万アクセスを突破し、
会員数も100万人という形で、成長し続けています。

新しい事業も「待て」がかかった猪状態なので
時がきたら、一気に走り出すでしょう。



当たり前ながら、世の中には上には上がいますし、
数字がすべてとは思っていない価値観の人間です。

それどころか、自分を客観的にみて感じる事があります。

「やっと自分の小ささに気づいたレベルの人間が
こうやって皆様に何かを発信している…」

冷静になれば、とても恥ずかしい事だと思います。



しかし、その「成果」という収益は間違いなく現実で、
少しづつですが、周りの景色をも変えているようです。

当たり前ながら、これは応援いただく方々があってこその結果です。
ただただ、感謝しかありません。

物理的に不可能なのは分かっていますが、
こういう時こそ、メールなんかではなくて、
それこそ「実」にこだわって、
お一人お一人に感謝の気持ちを直接伝えるのが、
人の道というものでしょうが、どうかお許しください。



もちろん成果というのは、ただの数字でしかありませんが
この数字の裏にあるお一人お一人の想いは非常に重いと感じています。

本当にありがとうございました。

あと少しで、また新しい1年がはじまります。
お互いに最高の人生を!


2009年11月6日
進藤慈久
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■追伸
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この世は、今や総理大臣がウツとなる時代です。
時代は私たちに「生き方の修正」を強く求めています。
つまり、次の転換期を私たちは迎えているんです。

現在のような時代の一大転換期は、私たち機動力に勝る中小企業や
ベンチャー起業家が勢いよく突き抜ける
準備をするのに絶好の機会です。
というより、そうでないと日本の未来は成り立っていかなくなるでしょう。

かつての中小企業であった大企業は、いまやすっかり保守的になり、
リスクから逃げ回ってばかりいるのですから…

さて、今回の全国無料面談は、もう最後なので、
ガンガン内容を濃くしようかと模索中です。

本当に最後ですから、一般募集はしません。
弊社の商品を購入されたことがある方で
厳選された方のみの募集となります。

明日の朝6時に詳細をお知らせしますので、
条件をクリアされた方は、お申し込みください。

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■追々伸
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業務拡大するにあたって、求人のお知らせがあります。
しかし、今回は趣旨がいつもとは違います。

今後、グループ会社は理念というぶれない軸をもちながら
時代の転換期を、かなり長期的に見据えた上で、大きく動いていきます。

現在はスタッフ11名で動いていますが、
年内には、大きく増やしていきたいと考えています。

そこで、幹部・役員候補を探しています。
能力だけではなく、熱意や誠実さがある方と
一緒に仕事をしたいと考えています。


【給与】


・基本給18〜28万円 (ワーカーレベルの場合)

・基本給30万円〜 (幹部レベルの場合)

※試用期間3ヶ月の後、正式に決定します。

【勤務地】

・大阪京阪 樟葉駅近辺

【その他】

・完全週休2日制(土・日)
・福利厚生、交通費完全支給です。
・研修期間3か月です。


ご興味をお持ちの方は、

info@se-kou.com

まで、履歴書、職務経歴書を添付してお送りください。
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