2013年最後のご挨拶です。

本年も大変お世話になりました。
おかげさまで結果的に増益となりました。

来年もどうぞよろしくお願い致します。

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経営の究極的な目的は何か?


2013年。
企業の寿命が年々短くなってきている。
それに気付いていない経営者はいないだろう。

昔は30年と言われ、今は18年だそうだ。


ハーバード大学の教授が質問に答えた。
「sustained competitive advantage」(持続的な競争優位)


しかしながら、そんなもん存在するのか。
そんな事象を丸裸にして分析してみる。
そうすると見えてくる。

結局のところ、多くの人が考える
持続的な競争優位なんて幻想なのだ。
もはや20世紀の古い価値観であり、終わっている。


では、21世紀に競争優位を持続している会社はないのか?
あるにはある。
それは、結果的に競争優位を持続しているように見えるだけ。
多くの人が勘違いしているのはこの部分。

簡単に言ってしまえば、
大きな競争優位がどーんとある訳ではなく、
一時的な競争優位の鎖を次から次へと繋いでいるので
その様に見えているにすぎない。

私は2010年の年末のご挨拶に
「間がなくなる」を強調して書いた。
それは、すべてにおいて賞味期限が短くなるという事だ。
だとするならば、21世紀は
どういった闘い方をしなければいけないか。
多くの企業が転換を余儀なくされる。
もはや今までの企業の存在意義そのものが謎だ。


例えば、最近よく耳にするグローバリゼーションという言葉。
目を輝かせて、その得体の知れないものに適用しようと
躍起になる人達を目にする。
自分の中では、ストック(手持ちのカード)を増やして
さぞ明るい未来を思い描いている人達。
極端に言い切ってしまうと、
そのカードの価値を一瞬でゼロにするのが
グローバリゼーションの本質だ。

なんか多くの人が、
グローバリゼーションって言葉を誤解している。
私の会社でも数カ国との海外の会社との付き合いがもう数年続くが
それは、その方が会社にとって様々な面で利益が上がるから。
単純な話だ。

つまり、グローバリゼーションを意識して付き合ったわけでなく、
その方がお互い様々な面で利があるからそうしたまでで、
結果的に海外との会社とお付き合いができている。

このあたりに、我々とグローバリゼーションという言葉や
海外という言葉に憧れて外見だけを
いかにも海外とつながってますよとアピールしてる輩との
大きな断絶がある様な気がする。


賭けは既に終わっている。
それに気づいた上で、それでも板の上で泳げる人はまだいい。
しかしながら、それが出来ないのであれば
無責任なコンサルタントや教育者の言う事なんぞ聞く事はない。

行動できない者に対して、こういって煽るだろう。
今でさえ、自力で指標を定め行動する事のできぬ者に
これからなんぞない。
まるで、何か悪い事をしているかの様な言い草だ。


私は違うと思う。
そういう人達はそういう人達の居場所がある。
適材適所という言葉があるが、
それに伴ったアドバイスをするべきだ。

なぜなら、すべてとは言わないが
自力で指標を定め行動する事のできる人というのは、
自力で指標を定め、行動せざるをえない人だからである。
つまり、そうでなければ生きていけないわけである。

自力で指標を定め行動できる人に対して、多くの人が疑問を抱く、
なぜそんな事ができるんだ?

いや、あえてもう一度言う。
そうではなく、そうでなければ生きていけないのだ。
むしろ、そのくらいでなければ続くはずもない。
大きなお世話だが、そこを見誤ると痛い目にあうだろう。
というか、最近は、
そんな犠牲者の大量生産工場をたくさん目にする。


多くの人は20世紀が終わり、
21世紀がはじまっている事に気づいていない。
というか、この言葉は重い。

多くの人が上記の言葉を芯から理解できていない。
変化がシームレスだから仕方ない部分もあるだろうが、
感度の高い人なら、「不感症?」とつっこむだろう。

例えば、パリ初演で現地の大手新聞が特集を組み、
2日間の公演はチケットは15分で完売、
追加公演も急遽行う事になって大成功をおさめた
ロボットによるオペラ。

生身の人間が一切登場せず、
代わりにコンピューターによる音響、映像によって
物語が展開する作品。
初音ミク主演のオペラ「THE END」

また、近年の技術進歩が
もたらした劇的な変化を表現している
きゃりーぱみゅぱみゅが増上寺で踊るKDDIのCM
「驚きを常識に。」

はっきり言って、10年前と比べると
例えば、人とのコミュニケーション手段一つにしても
昔で言えば、近所の家にはじめて
テレビがやってきたくらいの変化が起きている。
当たり前ながら次の10年でも同じくらい、
もしくはそれ以上の変化が起きるだろう。

こういった表層的な事象を多くの人が
マネーゲームやポジショントークに乱用してきた。
ゆえ、本質的な部分を理解できている人は少ない。


なぜそう言い切れるのか。
行動を見れば誰の目にも明らかなくらい分かりやすい。
未だ20世紀価値観で突き進んでいる。

もちろんながら、少数だが20世紀価値観で突き進んで
今もたまたまうまくいっている人達がいる。
しかしながら、そういった人達は今こぞって言っている。


20世紀も終わったな。
21世紀なんか関わりたくない。


私は、意識的にそういった先人達の意地を現場で見てきた。
また一方で、数年前から環境をガラリと変えてしまった。

潔いように見えるようだが、変化を芯から理解していれば
もう我々の年代は待ったなしの局面に入っている。

私事で言えば、再来年は高校在校中に起業してから
20年目の節目。
また、会社の方も法人化して
10年目の節目となる。

だからどーした。
という声が聞こえてきそうだが、
1年の節目に改めて確認する意味はあるだろう。

気がついたら、経験が長いだけの馬鹿になってた
という話はよく聞く話だ。
これから、それはさらに加速するだろう。
正直、簡素な表現であるが、ワクワクドキドキしている。


繰り返しとなりますが、本年も大変お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。

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編集後記
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今年については、偶然というものに甘えて、
生意気やらせてもらっているなと感じてます。

いや、2009年からだから、
ここ5年間というべきですかね。
その分、自由の裏返しである義務と責任もあるわけですが、
まあそれは長年背負っていますので、
いつも通りといえばいつも通りかもしれません。

ここ数年を振り返ると、まあよく動くなあと(笑)
それにつきますかね。
2011年は、1ヶ月の間に毎週海外と日本を行き来してました。
私に限らず、もはや飛行機なんて電車感覚になりましたよね。
このネタ、当時は海外に在住する日本人にはよくウケたな、
そういや。
今となってはもう普通か。

今年に入って、増益以外で嬉しかった事と言えば、
草野球で私のチームが一塁、三塁いる時に2塁打を打って、
一瞬だけ神と呼ばれた事ですかね。
まさかの4番バッター。(苦笑)

私のくだらない近況なんぞは置いといて、
今回グローバリゼーションなんて言う
眉唾な事象について書きましたが、客観的には同じものでも、
それが置かれた状況によって
見え方や意味が変わる事はよくある事です。
だから今回の記事も私の意に反して、
悲しいかな十人十色な見解がある事でしょう。

映画監督のヒッチコックが、とあるモンタージュの実験について
語った事でも有名なあのクレショフ効果です。
(ヒッチコック/トリフォー『映画術:定本』)

「同じ顔」には、
不変の唯一の意味が埋め込まれているのではない。
それは状況に応じて観る者のなかで意味づけされ、
しかも表情のもともとの同一性は誤認されてしまう。
同一事象が違った意味を持つことは
他の状況でもいつでも起こり得る。

アマゾンの一部族ピダパンの人々の語りを、
一人の大学院生が録音した。
彼は彼らが世界の創世神話をそこで語っていると解釈したが、
じつは録音機を電話か無線機と思った彼らが、
声の届く先にいると思っている知人の
アメリカ人研究者にむかって、
いろいろとしゃべりかけているだけだった、という逸話を、
言語人類学者のダニエル・エヴェレット
(知人のアメリカ人研究者とは彼のことである)
が著書『ピダハン』のなかで紹介している。

ピダパンのことをあまりよく知らない大学院生と、
彼らと長い期間暮らした研究者は、
おなじ対象を聞いているのに、その理解は異なった。
ピダハンの人々の文化、
つまり彼らの発話と一体になっている環境を、
知っているかいなかで、理解は大きく相違したわけです。

こういったクレショフ効果は有名でありますが、
さて、多くの人はこういった事を認識した上で
物事を見れているのでしょうか?
または、発言されているのでしょうか?
いつもながら強引ではありますが、
この問題定義でしめさせて頂きます。

しかしながら、年1回ともなると、まあつらつらと書きますよね。

今年も私のつたない文章にお付き合いいただきまして
ありがとうございました。


2013年12月31日
進藤 慈久